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野武士のグルメ

定年退職後の生き様、サラリーマンから“野武士”に転身!?

作品データ/『野武士のグルメ』 原作:久住昌之、作画:土山しげる 『幻冬舎plus』連載中、既刊2巻(2016年8月現在)

平日昼間のビールで自分に祝杯を!

 平日の昼間にも関わらず、スーツも着ずにぶらぶらしている壮年の男性をときどき見かけませんか?それは『野武士のグルメ』の主人公である香住武と同様に、定年退職を迎えたおじさんかもしれません。

 定年は一般企業であれば60歳や65歳で迎えることになります。しかし、今は平均寿命が80歳を超える時代。定年退職後にどう人生を過ごしたらいいのか分からないなんて問題に直面する方も多いそうです。

 20歳そこそこで会社に入社し、それから約40年間働き詰めだったとしたら、それも分からなくないですよね。

 けれども、香住武は定年退職をして、すぐに新たなる人生の指標を見つけることになります。それこそが…“野武士”!!

 定年退職した元サラリーマンが…“野武士”??

 いきなり“野武士”なんて言葉が出て来て面食らってしまったかもしれませんが、香住による“野武士”の定義はなかなかウィットに富んでいてステキなのです。

 退職後、香住は毎朝、出勤のために通っていた公園を、初めてゆっくりと歩きました。それまで、忙しさにかまけてじっくりと見ることのできなかった公園の風景に感じ入る香住は、ソースの匂いに惹かれてちょっとした茶屋に入ります。

 そこで注文したのが焼きそばとビール。まるで夏祭りのようなメニューですが、注文したのは初秋の真っ昼間。そして、こんな風に自分自身に語りかけます。

「平日の午後にひとりビール…… これがしてみたかったんだ 勤め人時代には考えられん…… だが今は定年退職した元サラリーマン…… いわば浪人だ――」

「いや…… 浪人だとイメージが悪いな…… そうだ!野武士がいい!!己が腕ひとつを信じ、世を渡り歩く―― 誰にも遠慮せず己が道を―― 野武士ならば堂々と、そしてぶっきらぼうに……」

 それまでの四角四面なサラリーマン生活とはまるで違う、「誰にも遠慮せず己が道を」歩みたいと思って自らを野武士であると断言した香住は、そのイメージの象徴である昼ビールで祝杯をあげます。

 しかし、昼ビール…、いいですよね(笑)。

 香住も自分に語りかけていますが、勤め人ではなかなか平日の真っ昼間から飲酒するなんてできません。

 自分を野武士と語る香住は、まるで自分を騎士だと思い込んだドンキホーテのようですが、新たに生まれ変わった自分に指標となるキャラクターを与える。このマインドセットには目を見張るものがありますよね。
      

生きづらいなら自分に“新たなキャラ”を!

 その後、香住は定年後の身軽なフットワークで、さまざまなグルメを食べて、過去の思い出を呼び起こしたり、新しい思い出を創りだしたりしていきます。その中にはこんなエピソードも。

 千葉の碁仲間の家に遊びに行き、まだ電車がある時間なのにも関わらず、駅前の民宿に飛び込みそのまま一泊。これもなかなか勤め人ではできない身軽さですよね。

 そして翌朝、そのまま朝風呂に行き、アジの干物や大根おろしなどのそろった民宿の朝食に舌鼓を打ちます。さらには高校生の頃の思い出とその食欲を呼び起こしたかのように、ごはんのおかわりまで!

 民宿など旅館の朝食が普段の数倍はおいしく感じるなんて経験は誰もがあるとは思いますが、60歳を過ぎて朝からおかわりとは、さすが野武士の面目躍如といったところでしょう。

 もしも、香住が自分の中で「今後は野武士として生きる」という決意をしていなかったら、思いつきで民宿に泊まったり、朝からごはんのおかわりなんてきっとしていなかったはず。

 ――昨今の世の中では誰もが何かを演じて生きていると言えます。

 極論、誰もが日常生活の中で“マジメな会社員”、“よき母親”、“明るいOL”なんてキャラクターを演じているとも言えるかもしれませんよね。いわゆる“役割”を“演じる”、ロールプレイングというやつです。

 それが悪いことというわけではありません。しかし、もしも柄にもない役割を演じ続けなければいけなかったら…。その役割に疲れ果ててしまうなんてこともあるでしょう。

 そんなときは、自分がなりたい姿をイメージして、自分にその“新たなキャラ”を与えることで気分を一新させる。もしくは、自分が目指すキャラクターならばどういうふうに行動するのかを常に考える。

 このキャラクターは自分が尊敬できる人物でもいいんです。もしも、あの有名モデルなら、あのアスリートなら、あの経営者なら…。

 香住の場合、会社という楔から解き放たれた自分を“野武士”であるとして、野武士ならばどんなふうに食事をとるのかを考えて行動します。

 定年退職をしたおじさんが野武士というキャラクターをチョイスするのはいささか稚気に溢れますが、それもまた一興というもの。むしろ、前述したような定年退職をしたおじさんたちがそんなことを考えていると思ったら、ちょっとかわいらしく思えませんか?

 自分の“役割”に疲れてしまったときこそが、新たな自分に生まれ変わるチャンス。

 何を食べても美味しくないほど疲れたときは、自分に“新たなキャラ”を与えてみては?
      

<文/牛嶋健(A4studio)>

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