繊細さを表現したい。堀内浩平シェフが作る「富士の介」の料理

「先日の取材で、新しい料理ができたので、食べにきてください!」。

そう取材チームに連絡が入り、都内某所へ向かうと、朝早くから仕込みをしていた堀内浩平シェフが迎えてくれた。以前より「富士の介」を使っていたけれど、先日の取材でさまざまなインスピレーションが湧いたらしい。

「今、レストラン開業に向けて、地元食材を使いたいと思って色々と探している最中なんです。なかでも、魚は食材としていいものがないなあと思っていたんですね。山梨県の人って、海に対する憧れがすごく強いからこそ、マグロがご馳走なんです。たとえば家族の誰かが記念日だったりすると、家でマグロでも食べてお祝いしようか! となる。確か、全国でもマグロの消費量が2位ですよね。海なし県だから、わざわざ遠くから運ばれてくる海の魚がご馳走という食文化がある。それはそれで面白いのだけれど、今回改めて『富士の介』は、海の魚に負けない他県の人たちにも誇れる食材なんじゃないかって思うことができました」そう、勢いよく話してくれた。

1986年山梨県生まれ。都内で料理人としての経験を積んだのち、渡仏。2018年に帰国し「Ichii」のシェフに就任。現在は開業準備中。2021年、RED U-35 2021 ONLINEにてグランプリを受賞

開業準備中の店では、山梨ならではのローカルな食材を使うのはもちろん、気候風土や歴史などを表現した、ガストロノミックな料理をやりたいと話す堀内さん。目下、ソムリエの兄と、妻とともに日々構想を練っている最中だそうだ。

そこには、山梨に生まれ、山梨を愛する自分だからこそ表現できることがあるのではないか、という、決してぶれることのない確かなヴィジョンがあるという。

「富山の『L'évo(レヴォ)』の谷口英司シェフや、能登の『villa della pace(ヴィラ・デラ・パーチェ)』の平田明珠シェフのように、その土地でしかできないレストランが好きです。僕もその土地のものを使うだけでない、もっと深い、文化や景色やそんなものを表現できたらいいですね。まだまだ未熟なので、どんどんいろんなものを吸収していかなくてはいけませんが」。

そんな堀内さんのお目がねにかなった「富士の介」。堀内さんはこの魚でどんな景色を表現するのだろう?

さばいてから、1週間くらい寝かせた柵を、薄くスライスしていく

「『富士の介』の魅力は、ニジマスのサッパリとして身の詰まった感じに、キングサーモン特有の脂のノリがあって、サッパリしつつもトロける身の美味しさがあるところだと思います。そして生と、火を通したものでは、まったく違う表情を見せてくれる。今回は2品つくって『富士の介』のおいしさを引き出せたら」と堀内さん。

まず、生のおいしさ、舌触りの良さを味わって欲しいと料理を始めたのが、『ビーツ 富士の介』という一皿だ。

鮮やかな色を生かし、生食のおいしさを表現

「富士の介」の上にビーツをベースとしたソースを塗っていく

「富士の介」を薄くスライス。上には、細かく刻んだビーツとはちみつ、花山椒、パンチェッタなどを合わせたソースを塗っていく、いったいどんな料理になるのか?と見ていると、

「魚を育てている環境に行って、きれいな水があるからこそ味わえる、臭みのないクリアな味をダイレクトに味わってほしいと思いました。安全に育てられているから、生食できるのもポイント。生だと身のオレンジが際立つので、その赤みがかった色と、赤い野菜ビーツをあわせてみたらどうかなって思って食材の組み合わせを考えました」と思いを教えてくれた。

『ビーツ 富士の介』

しばらくすると、なんとも艶っぽい一皿が登場。赤木明登さんの黒い漆の皿に盛られた料理は、先ほど下ごしらえした「富士の介」の上に、花びらのようなビーツのコンフィのスライスがふわっと添えられている。ソースは、サワークリーム、ビーツのピュレを合わせたもの。しっとりと、繊細な「富士の介」の身が、巻き込んだビーツの複雑なソースと絡み合い、賑やかに口の中でとろけていく。時折シャクシャクと歯触りがいいビーツのスライスがアクセントだ。

これが、一般的なマスであったなら、パンチのある野菜のピュレやはっきりとした酸が際立つコンディマンに負けてしまうかもしれない。けれど、程よく品のいい脂が乗った「富士の介」だからこそ、さまざまな味や風味が一層輪郭をもって際立ち、バランスよくまとまっていく。

そのままお刺身で食べるのとはまた違う、生食の魅力が表現された料理である。

もう一つの魅力、熱を加えるととろける脂を生かした味わい

楽しそうに料理をする堀内シェフ

続く2品目は、「ナス 富士の介」。分厚く切った「富士の介」をミ・キュイに仕上げる一品だ。直近まで勤めていた店でも、この調理法で良く提供していたという。

フライパンで皮目からゆっくり焼いてパリッとさせると、身の方はじっくりと火がはいり半生状態になっていく。こうして焼いていくと、自身の脂でコンフィのような食感と生の食感が入り混じったような感じになるという。

「焼いたときにその脂分がダイレクトに繋がる感じ、繊維が柔らかくくずれる食感。そこに脂が絡むおいしさをぜひ味わって欲しいですね」。

『ナス 富士の介』

そして登場したのは、こちらの美しい料理。焼いた「富士の介」に合わせたのは、ナス。先ほどの料理とは一転、「富士の介」のオレンジ色以外は色味を抑え、全体的にシックなトーンになっている。

シンプルに塩でじっくり焼いた「富士の介」に、アンチョビ、かぼす、にんにく、たまねぎ、白じょうゆ麹の醤、魚醤、焼きナスを細かく刻んで火を入れたタルタルを乗せ、その上に茄子のスライスしたチップスを乗せている。ソースはシンプルに焼きナスのピュレだ。

優しく崩れていく「富士の介」の身が、発酵が生み出す複雑なうま味とナスの甘みとからみあい、口の中で心地よく溶けていく。先ほどのビーツの一皿のくっきりとした味わいとは対照的に、優しく、まろやかで、デリケートな魚の個性が表現されていた。

そんな感想を堀内さんに伝えると、キラキラした瞳でこう話してくれた。

「取材で養殖場の上にある源流を訪れて、原生林のエネルギーと清流に強くインスパイアされました。ナスのチップスで富士の介を育む清流を表現してみたんですよ。クリアでピュアで、なにより繊細な魚の味わいに、料理も以前より削ぎ落とされた表現になったような気がします。良い食材に出会って、自分が見たもの、感じたことを体で吸収することで、料理がどんどん変わっていく。それが自分でも楽しくて面白いです」。

富士の介の詳細は「おいしい未来へ やまなし」のHPへ
https://www.pref.yamanashi.jp/oishii-mirai/

撮影/今清水隆宏  取材・文/山路美佐

富士の介には、ジャパン・インターナショナル・シーフードショーで出会える

第24回ジャパン・インターナショナル・シーフードショー

日時 令和4年8月24日(水)~26日(金)
午前10時~午後5時(最終日は、午後4時まで)
場所 東京ビッグサイト 東館
ブース A-12
サイト https://seafood-show.jp/
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